気ままブログ♪

40代主婦✨主人と小学生の息子と3人暮らし。日々のあれこれを、気ままにゆる~く更新できたらと思います♪

私の義家族🍀

こんにちは。
先日から、ブロガーさんとお話しさせていただく機会に恵まれ、
今日は義家族との関係について書こうと思いました🍀


話せば長くなります。
もし良かったら、お時間がありましたら、お付き合いくださいませ🍀✨




主人が私にプロポーズしてくれて、1週間後、父の癌が見つかりました。
父は最期まで懸命に病と闘ってきたけれど、手術も抗ガン治療等も良い傾向は見られず、
私の結婚式は出席できたけれど、亡くなっていきました。
父は、遺していく母も居て、本当に無念だったと思います。
その時、両親はいつもとても仲が良かっただけに、
母は、更年期と言う時期でもあったけれど、父の闘病中から鬱を患い、
父の死をとても悲しみ、生きる選択ができなくなっていました。


母に生きていて欲しい、、、ただその切なる私の思い、
そんな母と主人と私で一緒に暮らす選択をした私への義母からの苛めが始まりました。


義母から母へ苦しめる言動もありました。
私だけ鰻の尻尾だけの丼ぶりを出された事もありました。


でも、私はまだその当時、親心が分かっていなくて、未熟で、
その義母からの苛めを母に相談にしてしまいました。
母は、嫁いだ娘に迷惑かけてまで生きてたくない・・・と、ありがとう、ごめんね。
と遺言を遺し、父の死から約1年後自死をしました。



それからも、私の親が居なくなったことから、
歯止めのきかなくなった義母が私を苦しめる言動・・・
許せなかった。
義母は、主人と私を離婚させたかったのでしょう・・・


私は義家族と会えなくなりました。
主人も義親と話せば、義親の味方となり、主人と大喧嘩になった事もたくさんありました。
何度も仏様のように、義母を許せる心を持ちたいと思った時も、
それができず、苦しかった。
でも、そんな自分の心を受け入れました。
自分が自分の一番の味方でなくちゃいけない。



そして、私はそれまでの主人との関係性では、自分の命を守れないと感じたし、
義親から主人を奪い、主人からも義親を奪うこと・・・
その事を考えた時、私の選ぶ道が見えてきました。


それが、主人との離婚という道でした。


でも、主人は、私をどうしても離してくれなくて、
何故、親の為に離婚しなければならないのか・・・と。
義実家とはほぼ絶縁して、主人との関係の建て直しの時期が始まりました。




その後、お腹に赤ちゃんもできましたが、Body stalk anomalyの病を患った赤ちゃんで、
日本名すらない、腹壁がほぼ欠損、背骨の湾曲、内臓脱出、四肢断裂・・・
そんな病で、私に子宮筋腫があった為、帝王切開で出産し、死産でした。
天ちゃんと名付けました。
その際、古典的帝王切開という名の手術の為、
次の妊娠は子宮破裂の恐れもある子宮の状態になりました。



私は主人の子どもを次生むのが怖くて、
私は、主人から親だけでなく、子でさえも奪う存在なのか・・・
嫁としても妻としても不出来で、自分の価値を失い、と精神を患い、
その時も、離婚を考えましたが、やはり、主人は、私を離してはくれなった・・・



その当時、私の支えていた言葉が、「生きているだけで、君は宝物だよ」という言葉✨



そんな私達は、わんこ姉妹を迎え、私の心も少しずつ回復し、
天ちゃんの死から、5年後、子を持つ選択を考えれるようになり、妊娠し、
子宮破裂の危険に備え、
新生児集中治療室(NICU)のある病院の近くの仮住まいに引っ越し、
待望の息子が無事に生まれました。


義実家と主人と息子との関係は回復しました。
私の両親が居ない以上、息子から祖父母を奪いたくなったことも一因です。


でも、変わらず、私は、義実家とは距離を置いていました。




義実家は本当に色々な事があります。
詳しくは書けませんが、事件になる事も起こる可能性だって、ある家庭です。
15年以上ニートの義弟も居ます。
主人曰く、義家族は、ただ箱の中に一緒に同居しているだけの家族。
主人の姓は、珍しいので、
一時は、義実家がニュースになるかもしれない事が起きる可能性があることが、
嫌で仕方がない時もありましたが、
自分達家族の命がある事が何より大切、、、と心を落ち着けていました。




そんな義母も2年前、認知症が分かりました。
さらに、義家族間の関係は、ぐちゃぐちゃになりました。
色々ありましたが、公的支援もあり、今、義母は施設にいます。
私にできること、支援に繋げたりと、私も影なりには動いてきました。
でも、もう18年、直接会わない選択をずっとしてきたこと、
私は今まで義母から正面からは逃げてきたこと、
それは、私にとって、逃げるのが必要な時でもあったのだけれど、、、
逃げるとしても、逃げる方を選ぶことに責任を持ってそちらを選択してきたから、
それが最善だと思うから、今までのことは後悔していなかったけれど、
義母は認知症で、私のことを忘れないうちに会っていくことも必要で大切だと思えました。
私への義母の言動を許し、私はその先へ一歩でも、もうそろそろ進みたい。
今年がそのラストチャンス・・・





そして、この「人生の大きな課題を乗り越えて♪」の記事になり、
今年の4月末、私は約18年ぶりに義母と会えました。


義母へ会いに行く、道中、緊張していた心がふっと軽く楽になり、
きっと、両親もそばに来てくれていると思いました。
亡き両親も応援してくれている、、、そんな気持ちになりました🍀✨


人の幸せって、人を愛し、愛される事だと思うから。
きっと、亡き両親は、私が義両親からも愛されることを望んでいると思うから。



義母は、主人を私に奪われたと思い、私にした酷い言動は確かに事実としてあったけれど、
主人を7年も絶縁させて、
ずっと会わない選択をしている私だって、嫁としては不出来だった。


義母は、私と会うと、主人や息子のところでなく、
私のところに一番に来てくれて、私のことをちゃんと覚えてくれていて、
「○○ちゃん、会えて本当に良かった・・・」
と言ってくれて・・・
私も「お義母さん、今まで会えなかったこと、本当にごめんなさい」
と心から自然に謝ることもできました。


人を許し、人から許してもらうって、こんなに気持ちが楽に、安らかになるなんて、
私は初めて知りました。
生きてて、本当に良かった🍀✨


次は、義父に会うこと。
必ず、実現させたい。



人生って、本当に色々だけれど、
目の前の今に不器用なりにも向き合って、必死に生きていけば、
道が開かれていくこと。
そして、何事も表裏一体で、
失うものがあれば、必ず、得がたいものも見つけることができること。
それは、本当に自分のことを思ってくれている人たちであり、
支えてくれる存在✨
それが、苦しみの真っ暗闇の中でも、一縷の光となり、希望になること✨



ブロガーさんがこんな風に仰っていただきました。
>それぞれの人生には課せられた事があるのかもしれませんね。
>それを糧に成長できた人には、
>きっとご褒美の人生が待っています(^^)
>私はそう信じたいです。
素敵な言葉の数々を、本当にありがとうございました✨
ブロガーさんの優しさが、たくさんたくさん胸に沁みました・・・



これからも色々あっても、あの地獄の日々を思えば、
大丈夫、私ならきっと乗り越えられるって、そう思えます🍀
たくさん涙を流した分、人の痛みが少しだけ分かって、
ほんの少しだけ優しくなれるし、強くなれる、、、
読者の皆様、これからも、未熟な私を見守っていただけると、嬉しいです。
お読みいただき、本当にありがとうございました。
皆様にも心からの幸せを・・・と思います🍀

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